拗ねちゃった子虎
 


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遅咲きの八重桜の銘木があちこちに植えられていることで 秘かに有名な郊外の鄙びた土地へ、
非番だった芥川を誘い合わせて訪のうていた。
遅いめのそれであれ さすがに桜の時期もそろそろ末で、
昼間のうちは初夏の陽気でもあったが、陽が落ちればさすがにまだ少々気温も低く。
暑い寒いに過敏なほども脆弱な身ではなかったけれど、
エスコートする相手がおれば気遣いのための融通は利く方だったし、
そんな相手じゃあない、むしろもっと格上で愛しく思う存在。
ならば大切にせねば…とは思いはするのだが、
すぐ傍らの愛しき温みについつい喜色の方が勝さってしまい。
自分に素直に動いて何が悪い、
まだまだ不慣れで初々しい、そんなところをやや強引に暴くのもまた一興と。
さりげない素振りはあくまでもソフトなそれながら、
魂胆としてはやや意地悪に構えてのこと。
逆らえないのをいいことに、背へと回していた手を故意に意識させ、
押してもないのに急かされているような足取りを誘導し、
気がついたら…というほどもの巧妙に 道の傍へと追い詰めており。

 「…だざいさん?」
 「ん〜、なぁに?」

日頃の彼はといや、それは寡黙で冷淡なほどの不愛想なのがデフォルトで。
そのような澄ましっぷりにも何かこう、
気品があるというか、凄みがあるというものか。
覇気なぞ不要と大人しい今でさえ、
闇夜に佇む漆黒の死神に相応しい闇色ながら、
触れれば呆気ないほど柔らかな猫っ毛の髪や、色白で線の細い横顔、
若木の如くすんなり伸びた背条や四肢に、
物憂げに伏し目がちにされた眼差しまでもの いづれもが、
その姿を視野に入れた者すべてを籠絡出来よう、
玲瓏とした品のいい蠱惑をたたえており。
そもそもは風貌に惹かれたわけではなかったが、
まじまじ見やれば何とこんなに愛らしいキミだったのかと、
そこもまた厳しい育成態度をと構えていた身には大いなる障害で
図らずも浮足立ってしまいかかった困った要素だったものが、
今は誰に隠す必要があるものかとばかり、
遠慮斟酌なしに じいと見惚れておいでのお師様だったりし。
誰ぞが通らぬか、何だ何だと見物されぬか、それを思うて落ち着かぬらしい彼なのへ、

 “可愛いねぇ。”

勝手にほくそ笑んでいるところが相変わらずに人が悪い。
彼だけならば “なに用か”とその不躾さごと睨み潰したことだろう、
いやさ問答無用で黒獣にて切り裂いたかも。
だがだが、かつてはともかく今は一応 “一般市民”という
洗われた肩書の身となられているお師匠様が一緒なだけに、
不用意に不審がられてはならぬと気を遣ってくれていてのこと。
それを差して 柄になくというのはちと可哀想だが、
それでもそんな危機を彼なりに警戒してだろう、
却って挙動不審なまでに焦ってのドギマギしているに違いなく。

「大丈夫だよ、こんな薄暗がりだもの、きっとただのカップルだと思われるだけ。」
「……。///////」
「あ、女の子にしか見えないというのはキミへの侮辱になるかな?」
「いえ…そのくらいは」

壁へと追い詰められたのみならず、
言葉でまで煽られてはもうもう逃げようがないものか。
随分と逼迫しているのがありあり判るが、
太宰とて今更この彼を性悪にも虐めたいわけじゃあない。
それは崇拝しているお師匠様、愛しいという矛先を向けられ慣れてないものだから、
依然として硬直してしまう彼なのが、気の毒ではあるが…それを言ったらこっちだって
ずっと色々と抑えていたのはご同様なのだからして、
もはや そうそう我慢ばかりというわけにもいかないまだまだお若い御師様で。
慈しんでやりたいのは山々だが、
そろそろ こういう触れ合いややり取りへも慣れてもらわねばと
むしろこっちだって悩ましい気持ちでいるまでのことと。
人目がないわけじゃあないが無いも同然というシチュエーションの中、
大丈夫だよ ほら緊張しないでと、宥めつつのモーションを掛けていたところ。
これが任務なら大胆な仕儀もいとわないくせに、
大胆不敵にも人前でも厭うことなく人を殺傷しているくせに。
虎の少年の捨て身を非難出来ないほど、
自分の身を捨ててでもという格好の相討ちも辞さない 思い切りの良さも発揮する癖に。
自分の知己の兄人が その顔が触れんという至近まで迫って来るってだけなのを、
何でまたそんなに畏れるものなのか。

 “…判っているけど知〜らない。”

おずおずとする様子がまた初々しいなぁと感じつつ、
ほぉら怖くないよ〜と、今度は出来るだけ優しく 絆しやすい笑顔でもって、
このまま あわよくば接吻へ持ち込み、ちょっとは大胆なことへも慣れさせんと企む、
内心では結構悪い顔していなくもないお兄さんだったが、ふと、

 「…? 芥川くん?」

そんな策士殿の鼻先で、いつの間にやら ふっと何か別なものに気付いたような顔になっており。
こんな甘いタイミングへ一体何へよそ見しているのと、
自分の手際への冒涜かとばかり、正直ムッとしかけたものの。
どうしたのだと訊きかかった太宰だったが、そんな思いが言葉になる直前、

 「………って、だから待てよ。」
 「知りません。放っといてくださいっ。」

何やら諍い合う声がする。
同じ通りの向こうの方から発したそれは、こちらへ近づいてくる様相で。
それで警戒が強まった黒獣の君なのか、いやいやそういう顔じゃあない。
声の主を見極めようという雰囲気のお顔をしているし、
こちらもついつい耳をそばだてておれば、何とはなくこの彼の態度が判ってきたような。
それもそのはずで、

 「…え?」
 「人虎?」

何やらぷんぷんと怒っておいでだった、
先をどんどん歩んできたのが、彼らにもお馴染みの白虎の少年、中島敦であり、

 「何で蛞蝓が沸いて出るかな。」
 「こっちのセリフだ、こンの糞サバっ。」

そんな少年を宥めるようにして追って来ていたのが、
そんな彼の想い人なはずの、帽子の幹部こと中原中也だったりする。
見るからに機嫌が傾ぎまくりという声を掛けた太宰なのも無理はない、
彼らの予定なぞ知ったことではなかったものの、
そういや敦は非番であったはずだし、
時期も時期で、彼らもまた地元からは離れての逢瀬として、
風情ある夜桜見物にと繰り出したのだろう。
共に来たのだろうと思ったのは、日頃の付き合いからの推察だけじゃあなく、
二人の装いの同調振りのせいもある。
恐らくは中也の見立てなのだろう、
オートバイでの遠乗りか、
双方ともに前合わせの部分が二重ファスナーになっている
ウエストカット丈の革製のライダースジャケット姿。
だが、見るからにガチでお揃い、
どこの族ですかと言わんばかりの同んなじデザイン…というのではなく。
風よけのためのかっちりしたジャケットじゃああるが、
敦の側が羽織っているのは パッチワークのようになっていて幾何学的なデザインが初々しい、
一見するとバイクにつながる印象は薄いカジュアルなもの。
パンツも全く別な仕立てで、
内着のTシャツが色違いでお揃いという程度に抑えている辺り、十分に気を遣われてもいる。
それほどまでに愛でられているのも相変わらずの、そりゃあ仲の良い二人であるはずが。
何やら喧嘩でもしていたものか、
足早にこちらへやってきた敦を
待てよと追うような態度口ぶりの中也という取り合わせなのが 珍しいっちゃ珍しい。
彼らの場合は自分たちよりももっと柔軟な間柄、
歳の差や格の差に敏感な敦からは まだちょっと多少の遠慮も挟まっているものの、
それでもそろそろ馴染みも深まってのこととして、
ちょっとした食い違いからの口喧嘩くらい、やらかしても不思議じゃあないだろう。
ただ、こういう屋外で、しかも見ていてそれと判るほど険悪なのは ちと意外。
揶揄いが過ぎて怒らせてしまったとしても、中也がそこは上手に丸め込んでおり、
それがこの一触即発っぷりなのは なかなかに珍しい。

 「一体どうしたのさ。」
 「…うっさいな。」

どっかの面倒くさい誰かさんとの付き合いで鍛えられたものか、
我慢強くて寛容で 甘やかすのが上手な中也だが、
それでもあまりに強情を張るようなら叱ることもなくはない。
だがだが、此処まで聞こえて来ていた言い合いの様子だと、
中也の側が取り成すような言いようをしており、
何か迂闊なことを言うかするかして怒らせたという雰囲気だったよな。
実際の話、こうまで判りやすい喧嘩中ですという彼らに出喰わしたのは
太宰としては初めてかも知れないと思ったほど。
そんな一方で、

 「人虎?」

さすがにこの二人を相手に“知りません”という問答無用な振り払いを通すのは
筋違いというか無礼かもしれぬと、そうと判断できるほど多少は冷静さも戻ったらしく。
すぐ傍まで寄っての 額同士がくっつきそうになって
気遣うようにお顔を覗き込んでくる漆黒の兄人なのへ、

 「…だって。」

自分でもこんな風にうじうじするのはよくないと判っちゃあいるのだろ。
だが、だからと言って さらりと言えるような心情ではないところは変わらぬか。
単純明快でくみしやすく見えても、敦なりの何かへ踏み込みすぎた中也だったとしたら、
少々不器用な敦がその旨を通じるように語るには、

 「うん。場所を変えた方がいいのだろうね。」

とんだ出会いになってしまったのは偶然の流れ。
だとはいえ、
深入りするのは面倒だからじゃあねと突き放せるような相手でもなし。
中也はどうでもいいけれど、これでも芥川の上司だし、
それに敦の覚束ない様子は 太宰としても放置は出来ぬ。
世間知らずな分 丸め込みやすい子ではあるが、
内情はこれでなかなかに複雑繊細な子でもあるのを重々察してもいるだけに、
仕事での修羅場ではない以上、
ちゃんと向き合ってやりたい話になりそうな予感もあったし、
何より芥川がすっかりと兄人モードで案じている気配が察せられ、

 “貸し一つだからね、二人とも。”

この私が譲歩してやるのも、芥川くんのおかげなんだからねと、
内心でついつい独り言ちてしまった イケメン策士様だった。
 





to be continued.(19.03.26.〜)


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 *ああう、
  ぼやぼやしてたら暦が中也のBDになっちゃうよ。
  (判る人には判る替え歌。笑)
  それまでに、せめて仲直りさせたいけど、
  何か妙にペースダウンしてるのでどうだろう…。
  なんか地味に落ち着かんのよ、
  愚痴を聞けと言い出す人もいるし〜〜〜。(これが既に愚痴です、すいません)